金融危機の「その後」は?(1)

前回の研究会で思ったことを反芻しようと思って書き始めた、クレジット・デリバティブ関係の記事(日本のクレジット・デリバティブ市場の不思議、同(続き))も完結しないうちに、早くも次回の勉強会の期日が到来してしまいました・・・
今回も、クレジット・デリバティブ市場の第一人者の糸田真吾さんからお話しを聞く機会がありました*1

クレジット・デリバティブのすべて

クレジット・デリバティブのすべて

非常に分かりやすく、クレジット・デリバティブが本質的に他の金融商品と変わらないことや、CDSについて語られるときの数字やリスクの見方がミスリーディングであることを教えて頂き*2、本当に勉強になりました。

本当に密度の濃いご報告だったので、それを全部思い出して書こうと思うと大変なことになるのですが、個人的に非常に目から鱗をだったのが、Central Counterparty(CCP/クリアリング)の導入についてです。

結論から先に言うと、昨年CDSについて集中的清算機関を設けて取引の透明性を高めるという話が出てきたときには、個人的には金融危機という金融市場の高度化によってもたらされた危機に対して、更に市場の力を持って制するという発想がいかにもアメリカ的であり、賛否両論はあると思うのですが、個人的には科学の発展にも似た前へ前へと進む発想を好意的に受け止めていたところがあります。
ところが、今日の糸田さんのご報告を聞いて、僭越ながらいくつか質問なんかもさせて頂くうちに、ちょっと考えが変わってきました。
いや、別に、市場主義が失敗したのに、性懲りもなくまた市場をつくるなんて反省が足りないというのではなく、むしろ、やっぱり政府が主導する市場というのは、あんまりろくなもんじゃないかも、というか、やはり市場というのはプレイヤーをたくましくするんだな、ということで、無理してCCPを導入する意味はあんまりないんじゃないのと思い始めたという話です。

何でCCPか?

そもそも、CDS自体は参照資産から発生したクレジット・リスクをやりとりしようという話ですから、ある企業の破綻により生じる損失の総和を増やすという話ではありません。
それにもかかわらず、非常に大きな注目を浴びてしまったのは、色々な考え方があるところですが、おそらく、以下のような情報効率の低下によって、(デリバティブだけでなく)およそ信用リスク全般についての流動性が低下してしまったところにあるのではないか、と*3

    • 誰がどれだけのリスクをとっているかがぱっと見分からない.
    • よって、どれだけのリスクが世の中に存在しているか分からない。
    • そもそも、そんなリスクの無防備なとり方がなされたのは、価格形成が歪んでいた(リスクを皆が軽視しすぎていた)
    • 参照対象企業の信用リスクだけでなく、カウンターパーティー・リスクがあるため、取引構造が複雑になってしまう

CCPをつくれば、「参加者」のポジションが分かり、全体としてどれだけの取引があるかも分かり、価格形成も「透明化」するし、カウンターパーティー・リスクも「分散」されるから、一気に問題が解決できる、というのが発想だとは思うのですが、元々、最初話を聞いたときから、よく分からなかったのが、個々の取引参加者がこのCCPに参加するインセンティブとは何だろう?という点でした。

CCPはワークするのか?

もし、そんな「オープンな枠組み」が参加者にとっても望ましいのであれば、とっくにそうしたものは成立していたんではないか?という疑問が湧くわけです。
実際、CCPの話をよくよく聞いていくと、このクリアリング機関の「参加者」となることができるのは、財務状況の健全な巨大金融機関のみで、世界的に見ても10とか20ぐらい、とのことで、つまり、カウンターパーティー・リスクを分散できるといっても、それはあくまでそういうところだけで、そこに参加しない(できない)主体のカウンターパーティー・リスクは分散できません。
また、そもそも「分散」がいいかというと、リスク管理をしっかりやっていた金融機関からすると、だめな金融機関の信用リスクを引き受けなくてはいけないというのは業腹ですし、また、どうせ「分散」されてしまうのだからと思うとモラル・ハザードによって、却って総体としてカウンターパーティー・リスクに対するモニタリング水準が弱まる可能性もありそう*4
もっと言えば、このようなCCPの運営や破綻時のリスク負担のために、CCP取引にコストがかかるような状況になれば、CCP参加者でないディーラーや、あるいはプロテクションの当事者が直接取引をするような取引の形態が増えるだけ(サブマーケットが生まれるだけ)かも知れません。
そういうところからすると、そもそもCCPに自発的に取引が集中するためには、かつての証券取引法が取引所集中義務を設けていたように取引を外部的な制度で強制するか、何か他のインセンティブを与える必要があるように思えます*5

やっぱり、市場主体の自発性を無視した「官製市場」というのは、そう簡単にはワークしなさそうです。
そうすると、やっぱりCDSに対して有効なリスク管理手段がないので、そもそもその利用自体止めてしまえ、とかいう発想もあり得るのかも知れませんが、糸田さんのお話を聞いていると、既に市場主体は今回の金融危機に対して自発的な対応を取り始めていて、それなりに問題は解決しつつあるという印象を受けました・・・とすると、そもそも、「官製市場」なんか無理につくる必要はないのかも知れません。

というわけで、書き始めるとそれなりの分量になってきたので、今日はこの辺で。今度こそ、続きは忘れないうちに書きたいと思います。

*1:研究会で糸田さんが執筆されている本を頂戴したんですが、ざっと読み始めると、専門的なんですが、却って私なんかからすると痒いところに手が届くいい感じです。第2版が出てから、もうしばらく経つんで今更なんですが、これで勉強させてもらおうと思っています。

*2:ご存じの方にとっては、今更感があるかとは思いますが、CDSのストック統計はグロス値(ISDAの統計は一応報告金融機関間のダブル・カウントは調整しているそうですが)であって、ネット値ではないので、CDSの発行残高が50兆ドルあると言っても、それとリスクの絶対値は関係がありません。むしろ、CDS自体はゼロサムでのリスクのやりとりですので、参照企業が破綻した場合に損をする人がいれば、他方には得をする人がいるので、経済全体のネットでみれば本来の参照企業破綻による損失が上限となるようです。ということからすると、CDSの特殊性はカウンターパーティー・リスク(参照資産となる企業の信用リスクのみならず、直接の取引相手の信用リスク)が問題となる点というところにあることになりそうです。

*3:そんなこと、はっきり書いている文献を見たわけではなく、経済学好きの法律家の私見なので、間違っている可能性もありますが・・・

*4:今、A銀行がB銀行からプロテクションを買おうと思った時に、A銀行としてはB銀行のカウンターパーティー・リスクを色々と考慮して、反対ポジションを持ったり、プロテクションのexposureを近トリールしたりとリスク管理に対してコストを支払うインセンティブが生じますが、カウンターパーティー・リスクがCCPによってカバーされるとすると、このようなコストを支払うインセンティブが減少します。とはいえ、いざ参加者金融機関が破綻した場合には、その損失を負担しないといけないという面では、モニタリングは必要なのですが、A銀行だけがモニタリングコストをかけても、その効果は他のCCP参加者金融機関にフリー・ライドされる部分が生じてしまいます。このようなフリー・ライドが生じ得る状況では、参加者金融機関のモニタリングに費やすコストは最適水準に達しません。もちろん、CCPがない状態では、情報の非対称性や重複モニタリングの発生で、全体として見たときに過剰投資になっている可能性もあるのですが、単純にCCPをつくっただけでは過剰投資が過小投資になるだけで、モニタリングが最適水準となることは保証されません。

*5:勉強会で出ていたもう一つの観点がプロテクションの買い手である銀行にとって、BIS規制上の取扱いがCCPを通じた場合とそうでない場合とで異なる(前者が有利になる)のであれば、CCP経由取引へのインセンティブが高まるのではないかという点でした。