日本のクレジット・デリバティブ市場の不思議(続き)

誰が「保険」を売る/買うんだろう?

前回は、日本のクレジット・デリバティブ市場は金融危機前からどこかいびつなところがあったんではないかという話をしたんですが、どうして、そんなことを思ったかというと、CDSの典型的な使われ方にあります。

CDSの典型的な使われ方の一つとして、銀行が企業貸付けに伴う個別企業の信用リスクをヘッジするというものがあるそうで、日本でも主たるプロテクション・バイヤーは(都市)銀行のご様子*1

そこでわき上がったのが、銀行に信用リスクの保険を売る相手っているんだろうか?、というか、何で銀行は信用リスクの保険を他から買うんだろう?、という疑問です。
CDSの本質が「保険」だとすれば、言うまでもなく市場の成立のためには「情報の非対称性」を克服する必要があります*2

昔に比べれば銀行の立場は相対的に弱くなったと言われますが、それでも銀行は取引関係のない外部投資家に比べれば遙かに多くの情報を入手する機会に恵まれています。
その銀行に対して「保険」を売る人とはどんな人なんでしょう?
・・・与信審査で多くの情報を持ち、また、多くの貸出先を有して、貸出先について一定のポートフォリオを有している日本の(都市)銀行以上に、対象企業のリスクを吸収する能力を持つところというイメージになるわけですが、どうも提供しているのは地銀や生保で、しかも個別のCDSを購入するというよりは、CDOでまとめてナンボで取引している*3ということなんですが、いったいこんな仕組みの中で「保険」市場につきものの情報の非対称性が、どうやって解消されているのかが、よく分からないなぁと思ったわけです。

何で日本でCDS市場が曲がりなりにも発達したのか?

もっとも、そうは言っても日本のCDS市場は、金融危機まではそれなりに右肩上がりで成長してきたわけですから、なんだかんだうまくいってたんじゃないかという評価もあり得ないわけでもなさそうなんですが・・・

銀行側でCDSとかの仕事もしている同僚のA君に「何で銀行はわざわざスプレッドなんか払ってヘッジなんかするの?」と聞いたら、「BIS規制とかでリスク分散が要請されているんで」と言われて、少し納得。
つまり、銀行側には、経済合理的かどうかはともかくとして、BIS規制という枠の中で、一定のリスク分散を求められている(あるいはそうした方が規制上有利な)ので、多少「高い」買い物でも「保険」を買わざるを得ないということであれば、これは強制保険制度による逆選択の防止*4と考えることもできそうです。
じゃあ、「保険」を売る側は、というと、何でも日本で流通するCDS銘柄というのは、絶対倒産しなさそうなAAA格付けの大企業ばかり*5、と。そういう意味では、「保険」の売り手も馬鹿ではなく、要は信用リスクに関する情報の非対称性が比較的少ないと思われる銘柄に限定することで自衛をしているという話になります。

そうだとすると、それなりに経済合理的な行動なわけで、金融危機後のスプレッドが欧米以上にワイドになっている理由も経済合理的に説明がつきそうです。
つまり、信用リスクについて情報の非対称性が少ないと考えられていた銘柄についても、現実的に信用リスクが高まってきたので、情報の非対称性が顕在化し、アカロフが的確に予想したように情報の非対称性の中で取引が成立しなくってきたという話ではないか、と。

この辺りのことは、案外私だけの妄想というわけでもなく、金融庁の我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループの第10回会議でのISDAの方が行ったプレゼンテーション資料や議事録でのやりとりなんかを見ていると、わが国のクレジット・デリバティブ市場の問題点として2007年春の時点、つまり、リーマン破綻の1年以上前から言われていたことのようです。

もっとも、この時の日本のクレジット・デリバティブ市場の課題というのは、会計基準とかの制度的な話とか、リスクをとりたがらない国民性みたいな文化的要因のせいにされているんですが、私は、もうちょっと普遍的な「情報の非対称性」ということで説明できる要因が相当あるんではないかという印象を持ったのが、今回のエントリーのきっかけだったりします。

というわけで、欧米(特に私の知見は米国にかなり偏っているので米国)のクレジット・デリバティブ市場は、こうした情報の非対称性をどうやって克服しているのかということを少し考えつつ、日本のクレジット・デリバティブ市場の活性化のために本当に求められていることは何だろうということを、しばし考えてみたいと思います。

*1:社債保有者が信用リスクを散らすという使われ方も教科書的設例では使われますが、こちらはそれほど使われていないのでは、という話しも。ただ、それを裏付けるデータがないので検証できておりません。

*2:この辺りは、最近のミクロ経済学の教科書であれば大体書いているんではないかと思いますが、まっとうな経済学の第5章は、分かっている人には冗長な感じもありますが、数式とかモデルを省いて直感的に理解できるという意味ではお奨めかもしれません。

*3:しかも、会計的な考慮やら何やらで一度克ったら持ちきりで、ポートフォリオの見直しを頻繁にやることは想定されていないとか・・・

*4:昔のブログだったら、ここから解説を丁寧にと思うんですが、今回は自分の備忘録がメインなので割愛です・・・そのうち気が変わって、基礎概念の説明とかもするかも知れませんが・・・

*5:まあ、「絶対」ということはないんですが・・・