政府と市場の微妙な関係〜株式買取構想について

公的資金で株式買い取り 政府、株価対策を検討 (2/25/09 NIKKEI NET)

政府は24日、下落傾向が続く株式相場の下支えに向け追加対策の検討に入った。銀行等保有株式取得機構の購入対象資産を拡大し、政府保証付きの公的資金で市場から直接、株式などを買い上げる案が柱。政府と経済界が共同で新たな株式買い上げ組織を創設する構想も浮上している。株安進行が深刻な金融システム不安を引き起こしかねない状況で、政府主導の株価対策に乗り出さざるを得ないと判断した。

銀行が保有する株式の受け皿という発想であれば、一時的な公的資金の活用も理解できないわけではないのですが、市場で直接株を買うということになると、これは株式市場の根本的な機能を殺してしまうのではないでしょうか?

現在の株安の原因の一つに対象企業の本質的な株式価値とは関係ない投資家側の事情(資金的な制約等)があるために需給バランスが崩れているという見立て自体には、直観的には一定の根拠があるように思います*1
そうした需給のアンバランス要因の一つである銀行の自己資本比率規制との関係での株式放出に対して、市場の価格メカニズムに影響を与える前に公的資金で一時的に影響を遮断しようという措置も、対症療法としては理解できるところです*2
しかし、そうしたアンバランス要因を特定することなく、「需要」という価格メカニズムの根幹に公的資金が用いられることは、却って市場の健全な価格形成機能を阻害し、株式市場の回復を遅らせる可能性が高いように思われます。

買取りの意思決定過程での問題

例えば、どの企業の株式をどれだけ購入するという、もっとも初歩的な株式購入の意思決定ですら、政府*3が、どうやってやるのでしょう?
「割安」な株式を探すためには、その企業の「真の」株式価値に対しての判断が必要になるわけです。いくら、株式市場が低迷しているとはいっても、誰が見ても「真の」株式価値に対して株価が安いと思われる株式に対しては、政府が何かする必要もなく資金は何れ株価は戻るでしょう。むしろ、そこに公的資金を投入することは、こうした厳しい環境下でリスクをとりにいく投資家の収益機会を奪ってしまうことにもなり得ます。そうなると、却って投資家の日本株への投資意欲は減殺されてしまい、長期的にみれば、日本の株式市場への需要の回復が他の市場に比べて遅れることだって出てくるんではないでしょうか?
では、そうしたわかりやすい銘柄ではなく、投資家が注目しにくいが「真の」株式価値が高い企業を選んで株式を買い取るとすればいいのかも知れません。しかし、当たり前ですが、市場での収益機会を鵜の目鷹の目で狙っている投資の専門家以上に、政府の新設した株式買取機構の方がそうした「真の」株式価値を見抜く目を持っているかについては、懐疑的にならざるを得ないのではないでしょうか。
また、どんな優れた投資家でも、全ての上場企業の株式価値を分析するリソースは有しておらず、大抵は何らかの基準(セクターや財務指標)でスクリーニングをして、一定の企業にフォーカスを絞って投資をするわけであり、当たり前の話ですが、同じぐらい「割安」な銘柄があっても、特定の投資家の目にとまる場合ととまらない場合があります。これが、民間資金なら問題ないのでしょうが、公的資金の場合には、企業の側からみたときに、一定の「買取り対象の選択についての公平感」や「説明責任」(accountability)が求められるかも知れませんが、それをきちんと果たす形で運用しようとすると、膨大な量のデータを処理できるリソースが必要になります。そんなリソースを短期間で用意できるのでしょうか?*4
もう一つ、日経新聞の経済面でも指摘されていましたが、政府が買い取ってくれるという期待を前提として、投資家は今以上にそうした企業に対しては(それがなければ保持していたような銘柄でも)売却に走るかも知れません。更にいえば、例えば透明性の観点から予め買取基準や方針が公表すべきという議論になってくると、要は投資というのは戦略的意思決定であり、市場において自分の手の内を予めさらしてしまうような投資家がいれば、その投資戦略を前提に他の投資家は容易に利益を得ることができるわけで、このような公的資金の投入は、単に日本株を多く持っている投資家への価値移転に終わってしまう可能性すらあるように思えます*5

・・・と、買取りの意思決定についてだけでも、これだけの問題があるわけですが、況やこれに保有・放出に関する意思決定まで絡めば、更に複雑さは増してきます。

保有・放出に関する意思決定に関する問題

例えば、一時的に政府が買い取ってくれたとしても、買取り時期が終われば、今度はいつ放出に転じるかという売り圧力が常にかかることになるわけです。どの程度の株式を買い取るかにもよりますが、こんな売り圧力が常にかかっている状態では、株価の上昇は期待しにくいでしょう。
また、保有株についての議決権行使が、どうなされるかによっては、企業のガバナンスが弱まる可能性もあります*6
何よりも、政府が経済合理性に基づかずに株式を取得・保有していることは、結局、株価は政府株式の放出タイミングという需給への思惑で動いてしまい、ファンダメンタルズに基づいた株価形成への回帰という本来の目的を損なってしまうということになってしまうのではないでしょうか?

私は、金融機関への公的資金の注入や積極的な金融政策や、減税*7など、こうした金融危機状況で政府の果たすべき役割は大きいと考えてはいますが、そうであるからこそ政府と市場の距離感に対しては鋭敏な感覚が求められるべきと思っています。
その意味で、株式買取構想については、非常に大きな違和感を覚えたところなので、昼休みを利用して、勢いでエントリーをあげてみました。

*1:今後、実証研究等が進むことは期待されますが、危機時における政策的な意思決定は十分な情報の下で行うわけにはいかない以上、ある程度直観的な判断も必要になることは否定しません。

*2:とはいえ、この場合も、いつの時点で、どのような形でその株式を政府が放出するということについて明確な方針(コミットメント)を示す必要があると思いますが

*3:あるいは民間と共同出資の組織でも、問題はあんまりかわらないのですが

*4:というよりも、報道からはそうしたリソースが必要となるという意識すらないようにも見えますが・・・

*5:かといって、買取方針を開示せずにダマテンで政府買取りによる期待をあおるというのは、何だか金商法的にどうかという気もしますし・・・

*6:政府が「安定株主」として行動する場合ですが、逆に、政府によってガバナンスが強化される可能性もあるので、これはまさに方針次第ということになりそうですが

*7:交付金については、まあ、どちらでもという感じですが